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田中祐子

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コンクールについて

─ コンクールを第1次予選から振り返って、ご自身で総括されたことはありますか?
予選、本選、記念演奏会、合わせて計5つのオーケストラさんと共に時間を過ごさせて頂けたことは、大変貴重な経験となりました。短時間でそれぞれのオーケストラさんの個性や特徴をいかに捉え、最善を尽くせるかが問われていたと感じています。
─ 出場するにあたって、師事する先生からのアドバイスや、ご自身で気を付けた事はありますか?
曲の内容についてはご助言を頂きましたが、コンクール出場に関して特別なアドバイスというものは無かったように思います。普段通りやれ、と仰って頂きました。自分としても、普段演奏会をさせて頂く時のように、「最良の準備とリハーサルと本番を目指すこと」それを心がけていました。あまり、コンクールだと意識しすぎないようにしていたと思います。
─ コンクールに出場するにあたり、どのような特別に準備などされましたか?
唯一普段の演奏会と違った点は、「コンチェルトのソリストが当日まで分からない」という点でした。本来でしたら事前に演奏スタイルを知ることができるので、オーケストラと掛け合う部分や共有するニュアンスの方針を決めることができますが、これはコンクールならではの状況でした。録音資料を普段より多く聴いたり、ソロパート暗譜で弾けるようになるまで、毎日家で練習したりして準備しました。
─ コンクール第1次予選(緊張もされたと思いますが)で、審査に向かうご自身の想いや、挑戦されて感じた事はありますか?
私はこれまで海外のコンクールには3度出場していますが、日本では初めてで、違った緊張感がありました。日本で勉強し、既に日本で活動を始めさせて頂いている私にとって、大切なコンクールだったのは言うまでもありませんが、審査員の先生方もこれまでの自分をよく知る先生でしたし、オーケストラの中にも既に知っている方がいたり、挑戦者は仲間ばかりと、とにかくお互いよく知っている中でのコンクールは、気が楽な面と、絶対に次に繋げなければという、プレッシャーも無かったと言えば嘘になります。

─ コンクールの審査終了後の夜などはどのように過ごされました?
今回一緒に1次審査を受けた指揮の仲間、先輩などと一緒に宴会しました。それぞれ率直に感想を言い合い、とても良い時間を過ごせました。家に帰ってやっと「終わったのだな」と感じました。少し眠れませんでした。
─ 自由曲(3曲)を選ばれた理由などありましたらお聞かせください。
単純に「好きな曲」であり、またホールが既に発表されていたので「ホールの響きと相性の良さそうな曲」ということを考えて提出しました。
─ 課題曲審査の際、指揮をされるにあたって、ご自身のこだわりや自分の考えを表現することはできましたか?
歌劇「オイリアンテ」序曲は、本編の歌や場面のモチーフが所々織り込まれていますが、全編の生の演奏を体験したことがなかったので、映像資料を視聴したり、ボーカルスコアを弾き歌いしながら、全貌を把握しようと心がけました。
─ コンクールの時(予選・本選問わず)の服装は、このために用意されたものですか?それとも指揮をされるときにはいつも着用されているものですか?
全て普段の活動の際に着用しているものでした。1,2次ではリハーサルの現場で着ている洋服、本選では演奏会で着用している衣装でした。動きやすく、体の締め付けが少ないものを好んで着ています。
─ 様々な勝負時にあって、ジンクスや食事や身につけるものなどに気を付けたり、こだわったりされることはありますか?
普段の演奏会や、海外のコンクールでもそうですが、普段の生活とできるだけ変わらないペースやテンポで過ごすためにはどうしたら良いか、考えています。なかなか難しいですが(笑)。好きなものを見てよく食べてよく寝ます。それに加えて、好きなアロマオイルの香りがあるので、ハンカチに少し含ませて、楽屋で香りを楽しんだりします。

結果発表の時に込み上げてきた感謝も悔しさも、全ての思いが 月日を経るごとに重みを増しています。

─ 本選結果を受けてのご自身の感想について。当時感じていたことと現在感じていることとに違いはありますか?
今のところ、違いはないです。今でも結果発表の時の気持ちはすぐに思い出せます。感謝も悔しさも納得も、あの瞬間に込み上げてきたもの全てが、その後月日を経るごとに重みを増している、という感じです。ただ、10年後、20年後は、同じことを思っているかわかりません。じっくり時間をかけて変容していくのではないかと思っています。それは自分の今後の活動次第かと思っています。今現在の原動力になっているのは確かです。
─ コンクールや入賞デビューコンサートを終えて、ご自身の気持ちや、環境に変化したことはありますか?
様々なオーケストラさんとご一緒できたことが何よりの財産で、そこで学ばせて頂いた事が今日の自分を作っています。また、プロのオーケストラさんと交響曲を全楽章演奏させて頂いたのも、この披露演奏会が初めてでした。また、地元名古屋で新聞に取り上げて頂いたことは、多くの方に知って頂く機会になり、身の引き締まる思いでした。

指揮者について

本番音を出さない自分が いかに奏者の皆さんとコミュニケーションを図ることができるのか 一緒になれるのか、そのための準備は一体何か いつも悩んでいます。

─ 指揮者を目指したきっかけはなんでしょうか?
小学生の時、合唱部でピアノを弾いていたのですが、先生がいらっしゃる前に弾きながら練習をまとめる役目をしていました。自分の発した言葉や弾いたピアノのテンポでアンサンブルに違いが出るのが面白く、指揮に興味を抱きました。その後何度か合唱の指揮をする機会があり、この世界で専門的な活動をするための勉強をしたいと思ったのがきっかけです。
─ 指揮者を目指すにあたって、苦しかった事、また反対に楽しかった事はありますか?
楽しかったことは、勉強段階から多くの奏者に出会えることです。沢山迷惑を掛けながら、多くを学ばせて貰い、できた繋がりはかけがえのないもので、今も多くの方に支えて頂いています。苦しかったことは、多すぎて書ききれませんが(笑)、「自分が音を出すわけではない」という事実と向き合った時、壁にぶつかることが多いのかもしれません。本番音を出さない自分が、いかにリハーサルで奏者の皆さんとコミュニケーションを図ることができるのか、一緒になれるのか、そのための準備は一体何か、いつも悩んでいます。
─ 指揮者として普段から気を付けている事や、心がけている事はありますか?
指揮者として、なのかは分かりませんが、最近は「日常」をとても大切にしています。旅が多く、毎週のように、接する相手、関わる方々が変化し、過ごす部屋も寝る布団も変わり、興奮状態が続く時もあります。そんな中、「日常」と呼べる生活は大変貴重であり、大切にして、平常心を取り戻すよう、心がけています。そうすることで、異文化の土地や人に触れた時、より一層驚きや感動を得られ、充実した活動時間が過ごせられるのでは、と思うようになりました。また、作品とは関係の無い本を読んだり、語学の勉強をしたりは勿論ですが、室内楽やソロリサイタルなど、自分がなかなか演奏者として関わることのできない編成の演奏会にも頻繁に足を運び、研ぎ澄まされた時間を客席でできるだけ多く体験するようにしています。
─ 指揮を練習されるにあたってどのような環境で練習をされていますか?
勉強を始めた頃は、鏡に向かって姿勢をチェックすることもありました。また、「叩き」と呼ばれる指揮の基本動作に関しては、学生中は家に帰って毎日練習していました。また、そのために筋肉を鍛えたりもしました。全て自宅の部屋のピアノの前です。今は圧倒的に譜面を読んだり、調べ物をしている時間が多いです。

音楽について

─ ご自身のお好きなオーケストラや作曲家、楽曲(ジャンルは問わず)などはどのようなものでしょうか?
大学院生時代に師匠と勉強したR・シュトラウスの管弦楽曲は、修了演奏でも演奏し(ドン・ファン)、披露演奏会でも取り上げさせて頂き(死と変容)、難しいですが、今後も機会を望んでいる作曲家の一人です。豊かな響きを生むオーケストレーションと、勇敢で甘美な旋律は、自分のどんな心境の時に触れても常に感動をもたらしてくれる作曲家の一人です。昨年は彼の生涯を閉じたミュンヘン郊外の別荘も訪れ、アルプス交響曲のテーマとなった山にも登ってきました。一方で、池辺晋一郎先生や木下牧子先生等、著名な日本人の作曲家の先生方のオペラ初演にアシスタントとして何度か関わらせて頂き、多くの感動を体験しました。日本人作曲家さんにしか描けない世界観がある、強く感じています。
─ 小さい頃の音楽に対する思い出がありましたら教えてください。
家ではピアノソロのレッスンのための練習をし、学校では合唱でアンサンブル、毎日その繰り返しでした。また、レコードの聴き比べが大好きな小中学生でした。母親の趣味のクラシック名盤や、特にコダーイ、ブリテン、三善晃先生、湯山昭先生、岩河三郎先生の合唱曲やなど、指揮者によって響きが違うことに大きな興味を抱いていました。
─ (余談になりますが)
指揮者になっていなかったらどんな職業についていたと思いますか?もしくは他に体験してみたい職業などございますか?
10代の頃は音楽の教師になって指揮を振りたいと思っていました。また、オーケストラやオペラの舞台スタッフさんは、ご一緒していて素敵だなあといつも感じています。音楽と関係無い分野で言えば、車の運転が好きなので、専門的に学んで技術を磨いて、毎日大好きな車の運転をする生活がしてみたいです。
─ (最後に)
今後の活動の抱負お聞かせ願えますか?
当面は分野を問わず、健康的に地道に果敢に挑戦し続けていきたいです。その中で、長く向き合えそうな分野や、研究させて頂ける作曲家に出会えたら嬉しいです。また、ヨーロッパでの勉強や活動も徐々に増やせたら幸せだなあと思っています。
─ 次回のコンクールを目指している方へのアドバイスをお願い致します。
コンクールに挑戦しなければ分からない世界が確実にあると思っています。また、開けてくる道も、新しい世界もあると思います。ただ、それは、日々の活動の延長上にあるものでなければ、意味のないことだと私は思っています。積み重ねを厳粛に審査して頂ける、伝統あるコンクールだと思いますので、是非挑戦なさってください。

プロフィール

田中祐子

2010年東京藝術大学大学院指揮科修士課程修了。2002年愛知教育大学音楽科卒業。2004年同大学院修了と同時に東京音楽大学指揮科に給費特待生として入学、2008年卒業。2009年第51回ブザンソン国際指揮者コンクール、2010年第5回ショルティ国際指揮者コンクール共にセミファイナリスト。クロアチア国立歌劇場管弦楽団、日本フィルハーモニー交響楽団、名古屋フィルハーモニー交響楽団、広島交響楽団、仙台フィルハーモニー管弦楽団、セントラル愛知交響楽団等に客演。指揮を尾高忠明、広上淳一、高関健、汐澤安彦の各氏、ピアノを隈本浩明氏に師事。

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