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2018年 第18回 東京国際音楽コンクール<指揮>
審査員インタビュー

長丁場の審査を終えての感想をお聞きしたら、「コンクールの審査は楽しい。素晴らしい音楽を聴いているだけで幸せな気分になります」と返ってきた。「私が審査した6年前と比べると、さらにレベルが上がったので、なおさらです」

ラザレフ氏の母国ロシアからの応募は、日本に次いで25名と多かった。しかし入賞には至らなかったことについては「世界的に、継続して行われている質の高い指揮者コンクールは非常に少ないこともあり、ロシアでも認知度は高いです。ロシアから応募者たちは、残念ながら入賞のレベルに達していなかっただけです。その代わり、日本人の方々の実力の高さが際立ちましたね」と。

「日本人の応募が多いのは、日本で開催されるので当然のことと思いますが、入賞者3人すべてが日本人となったのは、それだけの力があり、演奏という形でその成果をしっかりと表したということ。日本で確固たる『指揮のスクール』が出来上がったのだとも思いました。それは、審査委員長の外山雄三さんをはじめ、審査委員の尾高忠明さん、広上淳一さん、そして高関健さん、そのほか日本の素晴らしい指揮者の方々によって作り上げられたもの。優秀な若手を輩出し続けていた、ソ連時代における黄金時代の『ロシアン・スクール』を思い起こさせます」

第1位の沖澤のどかさん、第2位の横山奏さん、そして第3位の熊倉優さん、それぞれの印象をお聞きしたかったが、「今は、努力した成果を味わい、次のステップへの糧として欲しいから、祝福の言葉をたくさんあげるだけで、批評はしたくない」とかわされてしまった。「でもね、沖澤さんは、とてもチャーミングでしたよ」と、ウインク。ソ連の体制の中で苦労し、強い意志を持って音楽界での確固たる地位を築き上げてきた、反骨精神の人ラザレフ氏ならではの物言いではある。

「敢えて言うなら、3人ともに作品を自分のものにし、演奏のイメージをしっかりと持ってオーケストラ・メンバーにもしっかりと伝えられていた。オーケストラとのコンタクトがとてもうまくできていましたね。先に挙げた指揮のマイスターたちの指導のものとで、音楽性を身につけ、個性を確立してきたことが分かりました。指揮者として彼らがこれからも真摯に勉強していけば、大きく成長していくに違いないと思います」

それぞれの選曲については、「彼らがそれぞれ提出した3曲の中から、私たち審査員が選んだのですが、もともと自分で選んだ曲でしたから、レントゲンのようにぞれぞれの個性と音楽性が透けて見えました。それは手書きによる手紙のようなものです」という。「オーケストラが苦労するような作品は、指揮者の良い面が見えにくくなるのでコンクールでは避けた方が良いと思いますが、それもきちんと守られていました」

指揮者にとって、難しい作品、そうではない作品は、やはりあるのだろうか。
「実は『簡単な作品』というのは、存在しません。どんな曲にも見せ場、聴かせどころがあり、それを楽譜から読み取り、表現していかなければならないからです。オーケストレーションが複雑で『交通整理』が必要な作品は、指揮の高い技術が求められるだけで、音楽的には他の作品と変わりません。世界的に著名な指揮者でも、途中でテンポも変わらなくて指揮するのが簡単だと思われるような古典派の作品には、手も足も出ない、という人がいます。作品を深く理解し、何を表現するのかが自分の中にはっきりとしていないと、指揮はできないものなのです」

今回のように若い指揮者たちの意欲にあふれた情熱的な演奏からは、エネルギーをもらえるのだという。
「それも楽しみのひとつです。しかし彼らには経験がない。一方、私には大いなる経験があるが、若さは失ってしまった。どの年齢にも、そして誰にも欠けるところがある。だからこそ、それを埋めるべく前に進めるのです。今回入賞の3人もそれぞれに足りないものがあるが、確かな勉強の蓄積があり、大いなる才能を持っていると思いました」

その「足りないもの」について質問すると、「それは彼らが良く分かっている。必要なのは、これからたくさんの間違いを繰り返し、指揮台に頭を打ち付けたくなるような後悔と自己嫌悪を繰り返すこと。だから、指揮者は良い意味での『ずる賢しさ』が必要なのです。オーケストラ・メンバーを騙して自分に振り向いてもらい、聴衆を騙して自分の表現を聴かせてしまう、というような」との答え。これこそ、長い経験を積まないと返ってこないものだろう。

東京国際音楽コンクールには、入賞デビューコンサートが2回用意されている。これについては「できれば、もっとたくさんの演奏機会を与えてあげたい。入賞者それぞれが、1回のコンサート全部を指揮する機会があるともっと良いと思います」と言葉に力が入った。

「私が1972年にカラヤン国際指揮者コンクールで優勝した後には、数回の演奏会のほかに、ベルリンの大手マネジメントから契約の話が来ました。この時は3か月にわたる演奏ツアーの契約で、当時はソ連から長く出国することが叶わずに断念しました。東京国際音楽コンクールはこれまでに18回もの積み重ねがあり、入賞者たちのその後の活躍も素晴らしいから、そうした世界的に広がるチャンスが生まれると良いと思います」

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